あがり症になったキッカケは?
私があがり症を意識するようになったキッカケは?
あれは、中学の2年生だったでしょうか
国語の時間でした。
突然、先生が私を指名し「ここを読んでみろ」と音読の指名
その時は突然だったので、なんだかいつもと違う調子で読み始めました。
読みながら、なんだか声が震えてるなーと自分勝手に思いながら読み進めました。
震える声ながらもなんとか最後まで読み終えることができました。
その時は、周りの友達も何も言わなかったし、誰にも気づかれなくて良かったーと
妙に安心したのを覚えています。
でも私としては、その日が、みんなの前だと緊張して声が震えるんだという
初めての体験をした最初の日だったように思います。
その後、高校でも何かを発表する時は声の震えが気にしながらもなんとか無事に過ごすことができました。
大学に入り、このあがり症を何とかしなければと考えた私は
このままではダメだと思い、落研(落語研究会)に入ることにしました。
落研は、学園祭の花形で大勢の前で落語を披露するという体験を何度もしました。
その時は、夢中でセリフを覚え何度も練習していたので
あまりあがり症を意識せずにすんだように思います。。
その後、社会人になり結婚もし子供が成長すると小学校のPTA会長の役が回ってきました。
そこでまた、自分のあがり症を強く意識するようになっていきました。
PTA会長は、何か小学校で行事があるたびに挨拶をしなければなりません。
それも、校長先生のすぐあと。
皆が集まっている前で、何とかいい挨拶したいという思いと、無事に終わらせたいと思いで
行事があるたびに苦痛で前の日から憂鬱になっていました。
当日は、自分で自分の心臓のドクドクという音が聞こえるほど緊張し、
声が震えないようにと思いながら、何とか無事終えたとほっとするという繰り返しでした。
その後も、いろいろな役が回ってきて、みんなの前で挨拶するという機会も増えました。
結婚式のスピーチや乾杯の音頭、その他の挨拶などを頼まれることも何度もありますが、
そのたびに緊張し何とか早く終わらせたいという思いの繰り返しが続いていました。
私は勝手にはPTA会長の大役とか思っていましたが、
今思えば自分が思っているほどPTA会長なんて大役でもなんでもなくて、
順番に回ってくるちょっとした事位に割り切って考えていれば、
あんなに緊張することもなかったのかなーって思っています。
30代も後半になり、失敗もしながらいろいろ経験を積んで、
スピーチを頼まれても、以前ほど周りの目を気にすることもなくなり、
何とかうまくやっていけてるような気がします。